コラム[cf.]
納税者が自らの申告内容等について負うべき注意義務【会計】
【本件各賦課決定処分の理由の要旨】
下記のとおり仮装又は隠ぺいの事実が認められましたので、通則法第68条の規定により重加算税を賦課決定します。
-記-
1 あなたは、自身が営む歯科医業の記帳事務及び確定申告書等の作成事務を本件会社に依頼しているところ、本件会社は、あなたが作成した現金出納帳及び預金出納帳から総勘定元帳を作成する際、経費科目の仕訳を改ざんし、実際の支払金額から加減算することで、事業所得の必要経費の金額を過大に計上していました。
2 次のとおり、本件会社の行為はあなたの行為と同視できます。
(1)本件会社は、あなたが作成した現金出納帳及び預金出納帳を基にあなたの事業に係る総勘定元帳及び確定申告書等を作成していること。
(2)あなたは、本件会社の本件代表者から本件会社が作成した三期連続損益比較表の交付を受けるとともに、当該比較表に基づいて、本件各年分の事業所得の試算について説明をいずれも受けていること。
・・・以下省略・・・
これは、平成30年5月14日裁決(名裁(所)平29-27)における重加算税の賦課決定処分に係る通知書に記載された処分の理由の抜粋です。登場人物は歯科医師である納税者A(あなた)と、記帳代行業等を営む法人B(本件会社)の代表者のほか、税理士Cを含めた3名です。
納税者Aが自身の確定申告にあたり、税理士法人でもなく税理士資格を有する者もいない記帳代行業者Bに月額5万円の報酬を支払う契約で、MAS業務、会計帳簿の作成や決算の指導のほか、税務申告書の作成を受任する税理士との打ち合わせなどを委託していました。他方、税理士Cに対しては、記帳代行業者Bへの支払いとは別の契約を締結し、手取り20万円程度の報酬で税務申告書の作成のみを委任していたところ、記帳代行業者Bが、事業所得の必要経費を水増しして、その水増しされた金額により作成された青色申告決算書をもとに所得税の申告を行っていたというものです。
契約上も、納税者Aは記帳代行業務を税理士Cに依頼しておらず、税理士Cは、申告資料となる帳簿書類および青色申告決算書が適正に作成されているかについての確認業務を受任しない内容となっており、記帳代行業者Bは税理士資格をもっていないことから、そして税理士Cは委任されていないことから、それぞれ税理士法による懲戒処分等を当てはめることはできませんでした。また、納税者が記帳代行業務を税理士資格を有しない者に委任した場合と、税理士に委任した場合とでは、納税者が自らの申告内容等について負うべき注意義務の内容および程度にも自ずと差があるというべきとの判断から、隠ぺいまたは仮装の行為が納税者A自身ではなく第三者である記帳代行業者Bの行為であったとしても、それは納税者Aの行為と同視できることから重加算税の賦課決定処分は適法とされました。
さて、重加算税が論点となった場合は慎重な判断が求められるため、それが妥当かどうかが注目されがちですが、今回は、税理士の立ち位置の方が気になりました。税理士Cは申告書作成業務を受任するにあたり、帳簿書類を精査しないことを【リスク】と認識しなかったのでしょうか。
税理士は、納税者が作成した帳簿書類を[直ちに疑うことはしない]とはいえ、
申告書の作成を受任した限り、帳簿書類を[精査する作業を省略]するべきではなかったと考えます。
普通であれば、帳簿書類を精査しなくてもいい申告書作成の依頼自体、気味が悪くて受任できないと思うのですが・・・。
賦課決定年分のうち税理士Cが申告書を作成した年分は1年分だけでしたが、三者は10年近くこの関係を続けていたようです。また、裁決では【信頼】とか【任せる】とか【税務のプロ】という表現でそれぞれの主張に言及してはいますが、そもそも納税者Aは、必要経費の水増しをする前の所得で計算された納税額であったとしてもスンナリと受け入れたのでしょうか・・・。仮に、報酬の多寡の問題でこのような関係を続けていたのであれば、納税者Aの落ち度が強調されても仕方がないように思われ、この賦課決定は【中途半端な契約による訳のわからない関係性】が招いた残念な結果と言えます。
ある研修会で講師の税理士が【納税者は素人です】と言っていたのを思い出します。当然【納税者が言っていることは、所詮、素人が言っているものと捉えて、細心の注意を払って接しなさい】という意味で、その通りと考えます。記帳代行業者Bは有資格者ではなかったため、納税者Aに対してそのような接し方は許されなかったのでしょうか・・・。極論、資格を有しない記帳代行業者が無くなれば、直接税理士に依頼することになるため中途半端な関係はなくなるのかもしれませんが、個人的には【資格がないとダメ】という主義ではないため、その点は気にしません。ただし、今回のように納税者と税理士が自ら責任を負うという行動をとっていないと同様の状況であるとしたら、然るべき資格を取得するか、または柔軟な実務経験を備えて【責任のとれる立場】で仕事を受けるしかありません。
接し方とマナーの問題、信頼関係の構築には欠かせない要素です
<参考>平成30年5月14日裁決(名裁(所)平29-27)、国税通則法第68条第1項
ハッキリさせようみなし役員【法人税】
役員給与の損金不算入の規定だけみても、何かと制約を感じてしまう【役員】の取り扱い。
会社法等の役員よりも法人税法上の役員の範囲は広く【みなし役員(みなす役員)】という区分があります。みなし役員とは、同族会社の使用人のうち株式の所有割合の判定において50%と10%と5%の3つの株主基準の全てを満たしていること、そして【経営に従事している】ことの要件に該当する者を言います。
例えば、経営は先代夫婦(長男の父母)と長男夫婦という典型的な同族会社を考えてみます。
長く、父が個人経営でやってきたところ、節税や後継を考えて法人成りすることはよくありますが、法人設立にあたり、とりあえず株主と役員登記は先代夫婦と長男としたものの、先代の高齢とともに経営の主導は徐々に長男夫婦に移っているケース。
みなし役員の判定では、要件の何れか1つでも該当しない場合は法人税法上の役員とみなされませんが、同族会社の場合、その者が会社の株主でもなく役員として登記されていない使用人であったとしても、その者の配偶者が一定数を超える株式を有していて、その者が会社の経営に従事しているときは役員とみなされる場合があるため、単純に登記がされていないことをもって法人税法上【役員ではない】という判断はできません。何となく、典型的な同族会社における【長男の嫁】の立ち位置を想像してしまいます。
その会社の経営に従事しているとは、経営方針に参画して、職制の決定、販売計画や仕入計画、製造計画、人事計画、資金計画、設備計画などの決定に、自己の意思を表明し反映させることを言うところ、平成28年3月31日公表裁決では、本人の所有割合だけで50%を超えた主要株主である代表取締役Eについて、Eが代表取締役でなかった(=主要株主である使用人であった)期間に、その法人の【経営に従事していた】かどうかが争点となりました。
原処分庁(課税庁側)は、代表取締役に就任する以前から経営に従事していたと認定し更正処分等を行ったものの、
[単なる一使用人にすぎなかったとは考え難い]からと言って、
[経営に従事しているものに該当すると認める]に足りないといわざるを得ない
との理由から、Eは法人税法上の役員に当たらないとされた裁決です。
背景に、Eは代表取締役に就任する前の一時期において、監査役や代表取締役を務めていたことがある特異な経緯があり、また、裁決における課税処分の立証挙証の責任が原処分庁にあるにもかかわらず、Eが経営に従事していたとする具体的な事実関係を証拠として提出できなかったなど、裁決における原処分庁の詰めが甘かった点は否めません。
結果、みなし役員と認めるに【足りないといわざるを得ない】という表現となっていますが、逆に、経営に従事【していない】ことを主張したいのであれば、法人自らがその主張を裏付けるだけの事実関係がなければなりません。経営に従事しているかいないかは、時の経過や状況に応じて変化することを覚えておいて下さい。
さて、前述の長男の嫁の立ち位置を考えてみます。
会社に携わった当初、何にも分からないお嫁さんには事務仕事からスタートというパターンは多いと思いますが、5年や10年も年月が経って、経営の全体もわかってきて、長男の嫁の発言もしっかりしてきて、経営の主導権が先代から自分達に移ってきているこの状況は、単なる事務員でしょうか。この点【単なる一使用人にすぎなかったとは考え難い=経営に従事している】との解釈にはならないため、中には、役員でなければ賞与の支払いや期中の昇給が柔軟にできるという発想のもと、経営に従事していないことを強調する方もいるようですが、経営に参画している、または参画させた方がよりプラスになると考えればみなし役員という状況は中途半端であり、登記手続きを経て、経営に従事【している】ことを確立させたいものです。そこに、登記費用が勿体ないという考えは抜きにして・・・。
全くの余談ですが、法人税申告書の添付書類である勘定科目内訳明細書について、記載内容等の見直しに伴う改正(平成31年4月1日以後終了事業年度から使用)がされました。このうち、役員報酬手当等及び人件費の内訳書は、その名称を役員給与等の内訳書に変更するとともに、代表者との関係欄の区分も変更されました。
これまでの区分のうち【婿、嫁】が削除され【子の配偶者、甥、姪】が追加されたようですが、昔から、続柄を嫁と表現することに何か引っ掛かりを感じていたため、どうでもよさそうなことでも、個人的には良くやったと感じています
<参考>平成28年3月31日公表裁決、法人税法第2条第15号、34条、法人税法施行令第7条第2号、71条1項5号
相続法の改正と自筆証書遺言【終活】
民法の相続法分野について、昭和55年から約40年ぶりに大幅な見直しがされました。
配偶者の居住権を保護するための方策、遺産分割や遺言制度、遺留分制度、相続の効力等に関する見直しのほか、相続人以外の者の貢献を考慮するための方策など、どれも興味深い改正ですが、今回は、遺言制度に関する見直しのうち【自筆証書遺言の方式緩和】について確認したいと思います。
遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3方式があります。それぞれのメリットとデメリットの比較は割愛しますが、自筆証書遺言は【手軽に作成できる】とか【法定費用が不要】などの理由で選ばれる一方、何もかも【自書=手書き】を要求されていたことから、自書要件の不備により無効となる危険性がありました。
この改正は【遺言の利用促進】が狙いのようで、確かに、財産目録を別紙として作成し添付することができて、その別添する財産目録は自書でなくてもよくなりました。パソコンで作成してもいいですし、他人が手書きをしてもいいですし、また、通帳のコピーや登記事項証明書を添付しても構いません。兎に角、全文が自書だった頃に比べれば、別添の財産目録として全文の一部でも自書から解放された点は大きな変化といえます。この改正で、自筆証書遺言は【手書きからパソコンへ】のようなイメージとなってその利用も増加するかもしれませんが、私が遺言を検討する際に重視する点は、
手軽さとか費用負担が少ないとかの[利便性]ではなく、
熟慮した遺言が実現するための[確実性]と考えます。
さて、人によっては、遺言そのものが要らないという考えの方もいらっしゃいます。下手に遺言を書いて争いになるくらいなら、生前に直接、相応の贈与をしておけばいいとのこと。この点は、贈与税と相続税の比較もしなければなりませんし、逆に遺言がなくて困るケースもあります。遺言があったことで必ず争いを招くとも限りませんし、遺言は資産家だけが書くものとも限りません。
書かなければ意味がないという点では、利便性も手伝って自筆証書遺言を利用することは一つの方法ですが、やはり、私は、遺言を書くなら【公正証書遺言】がベストと考えます。法定費用の負担が大きすぎるとか、公証人や証人のことを考えると手間がかかるなど、何かと【手軽さ】と比較してしまいがちですが、その遺言が実現しなかったらどうしましょう。遺言は、書くことに意味がある訳ではなく、確実に実現されることに意味があると考えます。この改正では【緩和】が強調されがちですが、財産目録への署名押印や訂正方法のルールにも注意しなければならないですし、もともとの自書の部分に不備があったら元も子もありません。
自筆証書遺言の緩和は一部分であって、まだまだ自書が原則であることに変わりないので、積極的に推奨しないまでも、相談者の要望を考慮しながらの活用を検討しているところです。参考までに、私が理想と考える自筆証書遺言は、第3順位の相続や内縁の夫婦関係にある場合を想定していますが、余計なことは書かずにシンプルな内容に適しているため、次の3行でまとめます。
・・・【1行目:全文】私の全財産を、妻(名前をフルネームで)に相続させる。
・・・【2行目:日付】令和1年(または2019年)10月11日
・・・【3行目:氏名】ご自身の名前をフルネームで自署
何れにしても相続とか承継がかかわる場面で、相続税を納めるほど財産がないから遺言も必要がないとか、うちの家族は大丈夫などの理由から、何も準備をしないことが良い方向に働くとは思えません。ご自身が【遺言を書かない訳にはいかない状況にあるのかどうかの見極め】を含めて、専門家の意見も聞いてみて下さい。熟慮に熟慮を重ねて、決して自己完結しないことを望みます。
念のため、自筆証書遺言の方式緩和の改正は、2019年(平成31年)1月13日(日)の施行日【以後に作成】された遺言について適用されます。施行日【前に作成】された遺言については【相続開始が施行日以後】であったとしても適用されませんのでご注意下さい。何時作成したかが分かれ目となります。また、法務局における自筆証書遺言の保管制度については、施行日が2020年(令和2年)7月10日(金)ですが、遺言が実現する気配を感じ、これも気になるところです
<参考>民法第967条、968条、法務省HP民事局/民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正:パンフレットPDF)、法務省HP民事局/自筆証書遺言に関するルールが変わります
机上調査からはじめる土地の評価【財産評価】
財産評価基本通達24では、私道の用に供されている宅地の価額は自用地としての価額の30%で評価し、その私道が不特定多数の者の通行の用に供されているときは評価しない(=評価額はゼロ)とされています。
この解釈にあたり、例えとして【通り抜け私道】とか【行き止まり私道】という用語で説明されますが、私道の評価にあたっては、
[不特定多数の者の通行の用=通り抜け私道や、特定の者の通行の用=行き止まり私道]という単純な当てはめをするのではなく、
[通り抜けできるか行き止まりかにかかわらず、不特定多数の者の通行の用に供されているかどうか]が評価の分かれ目となります。
行き止まり私道であったとしても不特定多数の者の通行の用に供されているものには、地域等の集会所や地域センター、公園などの公共施設や商店街等への出入りに利用されている場合や、私道の一部に、公共バスの転回場、停留所が設けられている場合などが該当します。
また、特定の者の通行の用に供される通り抜け私道としては、公道から分岐しているものの、その合流地点が同一の公道であり、通り抜けのように見えるものの、結果、その私道が公道と【他の】公道とを接続している状況にない(=特定の者以外にとっては近道にもならない)場合が該当します。
さて、これだけインターネット環境が整っていると、事務所にいながら登記情報提供サービスを利用して謄本や公図、地積測量図、建物図面も入手できますし、地図や航空写真も検索できます。
まず、土地評価の準備として、名寄帳や課税台帳を用意して評価対象地の一覧がわかるようにしておきます。そして、所在地を確認するため住宅地図を入手してみると上空からみた評価対象地をイメージできるのですが、更に、その住宅地図と別に入手した公図を突き合わせてみると分かることがあります。例えば【位置指定道路】です。
住宅地図や実際には評価対象地の南側に道路があるにもかかわらず、公図では、該当する【道】がない・・・。ここで『評価対象地はこんな形をしているんだ』と気づくのですが、公道であれば通常、地番が付されていないところ、私道のため当然のように地番が付されていて、視点を変えて近隣の細切れの土地を繋げてみると、それが道を構成していることが分かります。私道です。
このとき、評価対象地が分筆されていればより簡単なのですが、評価にあたっては、1筆の土地を宅地と私道部分に分ける作業が必要になります。ようやく、前述の不特定多数の者の通行の用かどうかの判定を盛り込むことができるのですが、目で確認し思い浮かべた土地の形状と登記されている形状が一致していないことは少なくありません。
土地の評価も随分と楽になりましたが、評価の原則である【課税時期の現況】を知るには、現地調査と役所調査は欠かせません。この点、ストリートビューとか、地域によっては行政地図情報サービスなどで色々と公的な値を知ることも可能なため、中々、机から動かない、土地評価ソフトも多機能になったし、現地に行かなくてもそれなりの評価ができてしまうのが現状です。
殆どの依頼者が【税金を安くしたい】と思っていて、土地の評価であれば【減額要因を見落とさない】ことができるかどうかで、評価額はガラッと変わることもあるため現地調査と役所調査は省略できない筈ですが、机上調査だけで満足している方もいるようです。中には、時間をかけて評価額が多少下がったとしても、大幅に納税額が変わらないのであれば細かな調査を希望しない、少しでも早く片づけたいという気持ちの方もいるようです。ただ【過大評価であってはならない】【1円であっても必要のない税金は納めない】といった考え方の立場としては、そこの時間は覚悟して欲しいと感じます。
机上調査での気づきは大事で、現地調査や役所調査に繋げるためには机上調査で終わらせないこと、机上調査は万能ではないことを理解することが重要です。
今回は、私道の評価にあたり基本的な内容を確認しましたが、私道の評価は一筋縄ではいきません。次回は、さらに細かい論点をお伝えしたいと思います。
私が、初めて土地の評価に携わったのは今から25年くらい前になります。この業界に身を投じた最初の事務所所長のお手伝いということで、ただ、巻き尺の端を言われた部分にあてて、計測中は動かないように集中するだけの簡単な作業です。この時、境界確認とか間口距離とか、所謂、現地調査デビューをした訳ですが、当時は相続税のしくみも土地の評価も全く分からない素人でした。
その時から10年経って、別の事務所に転職して土地の評価をすることになったのですが、その事務所の所長は『現地調査はいらない。机上の計算でいい。お客さんは早く税額を知りたがっているんだ』・・・と。インターネット環境も整備してくれない事務所なのに、よくもそんな言い方ができたものです。本心だったのか、その後方針を改めたのかを知ることはできませんが、反面教師、今となればよい経験をしたことになります
<参考>財産評価基本通達1、24、建築基準法第42条第1項第5号
5棟10室の判定時期と資産損失【所得税】
H29.09.15のコラム(何を取り壊したか【所得税】)では、建物を何のために取り壊したかの違いによって取り壊し費用の処理が異なる点を、H29.11.24のコラム(取り壊し費用と資産損失と規模【所得税】)では、取り壊した建物が事業的規模でないときの資産損失は必要経費の算入が制限される点を、それぞれ確認しました。
今回は、資産損失の適用にあたり、5棟10室(=事業的規模)はどの時点で判定するのかを確認しようと思います。以下、事業的規模に満たない不動産貸付けの状態を業務的規模と表現し、その建物を業務の用に供される建物と表現します。
例えば、木造アパート(1棟当たり4室)2棟の貸し付けを想定した場合、合計8室となり5棟10室基準に当てはめる限り、不動産所得の計算上、木造アパートの貸付けは【業務的規模】となります。
以前のコラムでは、1年を通じて納税者の不動産貸付けが業務的規模であった場合に生じた資産損失は必要経費の算入が制限されるとお伝えしましたが、では、年内に木造アパートを取り壊したけれども、年末までに12室の軽鉄アパートを建築し貸付けを開始した場合の資産損失はどうなるでしょうか。
[12月31日の現況]で、納税者は事業的規模の不動産貸付けをしているから、必要経費算入の制限を受けないのか、それとも、
[取り壊した時点]で、納税者は業務の用に供される建物を取り壊しているから、必要経費算入の制限を受けるのか。
さて、確定申告書を提出する際に作成する【青色申告決算書(不動産所得用)】は、1納税者につき1枚で、その年の1月1日から12月31日までの合計額を集計するものであり、事業的規模分の合計とか業務的規模分の合計というような集計はしません。
青色申告決算書(不動産所得用)を作成するときに、1年を通じて自分が不動産貸付けを業務的規模でしていたかとか、事業的規模でしていたかとか、何れにしても【業務的規模と事業的規模が混在していたことを振り返る方】はどれだけいるでしょうか。シンプルに【12月31日時点で5棟10室かどうかを考える方】が殆どと思われますが、実際は、取り壊した時点で業務の用に供されていた建物なのか、または事業の用に供されていた建物なのかで判定しなければなりません。
この判定は納税者ご自身が気付くほかありませんが、会計ソフトを使っているからといって教えてもらえるわけではないですし、確定申告の手引きからどれだけ正解を導き出せるのか、また、ある意味流れ作業的な確定申告会場でも100%気付いてもらえるとは限りません。必要経費の算入が制限されないまま算出された不動産所得の赤字を給与所得と通算して、結果、間違った形で所得税の還付を受ける可能性もあります。
この点、不動産所得が赤字でない限り気にすることはないかもしれませんが、よくある話で、相続税対策という切り口でハウスメーカーからアパートの建て替えを色々と提案されてしまうと、取り壊した旧アパートの処理よりは、新たに建築する新アパートの処理と相続対策のことが気になってしまって論点を忘れがちです。
応用として、前述の逆のパターンで、事業的規模で不動産貸付けをしていたところ、年中に一部の建物を取り壊したため12月31日現在は業務的規模の不動産貸付けとなってしまった場合はどうでしょうか。これも、取り壊した時点で事業の用に供されていた建物であれば、その後に業務的規模の不動産貸付けになったとしても必要経費の算入が制限されることはありません。12月31日の現況に関係なく、資産損失の全額が必要経費算入可能となります。
5棟10室の判定は納税者全体で見ますから、1棟当たり4室タイプの木造アパートを3棟貸し付けていた場合は、12室の事業的規模であったと判定し、各棟それぞれ【事業の用に供される建物】となりますが、2棟貸し付けていた場合は、各棟それぞれが【業務の用に供される建物】となり、ここに資産損失の取り扱いの差がでてきます。12月31日の現況でもなく、取り壊した建物1つ1つのサイズでもなく、建物を取り壊した時点の貸付け規模がポイントとなります。
以前受けた所得税と消費税の税務相談のお話ですが、本人は、兎に角、負担になっている税金をどうにかしたいとのこと。何か節税対策はないものか、法人成りをした方が良いものかという相談でしたが、複数年分の申告書類を見る限り、必要経費の計上が乱暴すぎるし、消費税の計算そのものが間違っているようでした。結果的に無料相談になりましたが、私が伝えたことを受けてどのようなアクションを起こしたのかは分かりません。節税を気にして相談したのに、更に税金を納める必要があるという指摘をされたのでは、納得するのは難しいかもしれません。
資産損失は一生に何度も経験するようなことではないかもしれませんが、指摘のないことが適正なのではなく、たまたま運よく指摘されないでいる方は、ご自身が気付いていないだけで結構いるようです。
次回は、5棟10室の判定時期についてのもう1つの論点である【青色申告の65万円控除】についてお伝えします
<参考>所得税法第51条1項、4項、所得税基本通達26-9