コラム[cf.]
5棟10室の判定時期と資産損失【所得税】
H29.09.15のコラム(何を取り壊したか【所得税】)では、建物を何のために取り壊したかの違いによって取り壊し費用の処理が異なる点を、H29.11.24のコラム(取り壊し費用と資産損失と規模【所得税】)では、取り壊した建物が事業的規模でないときの資産損失は必要経費の算入が制限される点を、それぞれ確認しました。
今回は、資産損失の適用にあたり、5棟10室(=事業的規模)はどの時点で判定するのかを確認しようと思います。以下、事業的規模に満たない不動産貸付けの状態を業務的規模と表現し、その建物を業務の用に供される建物と表現します。
例えば、木造アパート(1棟当たり4室)2棟の貸し付けを想定した場合、合計8室となり5棟10室基準に当てはめる限り、不動産所得の計算上、木造アパートの貸付けは【業務的規模】となります。
以前のコラムでは、1年を通じて納税者の不動産貸付けが業務的規模であった場合に生じた資産損失は必要経費の算入が制限されるとお伝えしましたが、では、年内に木造アパートを取り壊したけれども、年末までに12室の軽鉄アパートを建築し貸付けを開始した場合の資産損失はどうなるでしょうか。
[12月31日の現況]で、納税者は事業的規模の不動産貸付けをしているから、必要経費算入の制限を受けないのか、それとも、
[取り壊した時点]で、納税者は業務の用に供される建物を取り壊しているから、必要経費算入の制限を受けるのか。
さて、確定申告書を提出する際に作成する【青色申告決算書(不動産所得用)】は、1納税者につき1枚で、その年の1月1日から12月31日までの合計額を集計するものであり、事業的規模分の合計とか業務的規模分の合計というような集計はしません。
青色申告決算書(不動産所得用)を作成するときに、1年を通じて自分が不動産貸付けを業務的規模でしていたかとか、事業的規模でしていたかとか、何れにしても【業務的規模と事業的規模が混在していたことを振り返る方】はどれだけいるでしょうか。シンプルに【12月31日時点で5棟10室かどうかを考える方】が殆どと思われますが、実際は、取り壊した時点で業務の用に供されていた建物なのか、または事業の用に供されていた建物なのかで判定しなければなりません。
この判定は納税者ご自身が気付くほかありませんが、会計ソフトを使っているからといって教えてもらえるわけではないですし、確定申告の手引きからどれだけ正解を導き出せるのか、また、ある意味流れ作業的な確定申告会場でも100%気付いてもらえるとは限りません。必要経費の算入が制限されないまま算出された不動産所得の赤字を給与所得と通算して、結果、間違った形で所得税の還付を受ける可能性もあります。
この点、不動産所得が赤字でない限り気にすることはないかもしれませんが、よくある話で、相続税対策という切り口でハウスメーカーからアパートの建て替えを色々と提案されてしまうと、取り壊した旧アパートの処理よりは、新たに建築する新アパートの処理と相続対策のことが気になってしまって論点を忘れがちです。
応用として、前述の逆のパターンで、事業的規模で不動産貸付けをしていたところ、年中に一部の建物を取り壊したため12月31日現在は業務的規模の不動産貸付けとなってしまった場合はどうでしょうか。これも、取り壊した時点で事業の用に供されていた建物であれば、その後に業務的規模の不動産貸付けになったとしても必要経費の算入が制限されることはありません。12月31日の現況に関係なく、資産損失の全額が必要経費算入可能となります。
5棟10室の判定は納税者全体で見ますから、1棟当たり4室タイプの木造アパートを3棟貸し付けていた場合は、12室の事業的規模であったと判定し、各棟それぞれ【事業の用に供される建物】となりますが、2棟貸し付けていた場合は、各棟それぞれが【業務の用に供される建物】となり、ここに資産損失の取り扱いの差がでてきます。12月31日の現況でもなく、取り壊した建物1つ1つのサイズでもなく、建物を取り壊した時点の貸付け規模がポイントとなります。
以前受けた所得税と消費税の税務相談のお話ですが、本人は、兎に角、負担になっている税金をどうにかしたいとのこと。何か節税対策はないものか、法人成りをした方が良いものかという相談でしたが、複数年分の申告書類を見る限り、必要経費の計上が乱暴すぎるし、消費税の計算そのものが間違っているようでした。結果的に無料相談になりましたが、私が伝えたことを受けてどのようなアクションを起こしたのかは分かりません。節税を気にして相談したのに、更に税金を納める必要があるという指摘をされたのでは、納得するのは難しいかもしれません。
資産損失は一生に何度も経験するようなことではないかもしれませんが、指摘のないことが適正なのではなく、たまたま運よく指摘されないでいる方は、ご自身が気付いていないだけで結構いるようです。
次回は、5棟10室の判定時期についてのもう1つの論点である【青色申告の65万円控除】についてお伝えします
<参考>所得税法第51条1項、4項、所得税基本通達26-9