コラム[cf.]
贈与する動機がない【贈与税】
不動産やその他の財産が他人名義となっている場合には、そこに【贈与があるか否か】の判断が求められます。例えば、不動産の購入にあたり、代金の負担者と名義人が異なる場合や、無償で財産を他人名義に変更したような場合ですが、贈与税の課税の場面では、
[贈与があった]ものとする原則的な取り扱いと、その反対(=例外と表現します)となる
[贈与がなかった]ものとする取り扱いがあります。
平成27年9月1日公表裁決は、父が自己資金で購入した(=父は取得者等)車両について、子の名義で登録(=子は名義人)がされていたことから、課税庁側が【贈与があった】と主張した事案です。
これらの規定の概要は、
【1】原則:贈与があったとする取り扱い(相続税法基本通達9-9)
・・・不動産や株式等の財産について、①名義変更があった場合に対価の授受が行われていないときや、②他人名義で新たにこれらの財産を取得した場合には、これらの行為は、原則として贈与として取り扱う
【2】例外:贈与がなかったとする取り扱い(名義変更個別通達1、5)
・・・1.前述【1】に該当して贈与があったとされるときにおいても、①名義人となった者が、その名義人となっている事実を知らなかったことが、当時の情況等から確認できること、および、②名義人となった者がこれらの財産を使用収益していないこと
・・・5.上記【2】1に該当しない場合においても、①他人名義により不動産、自動車等の財産を取得、登録等をしたことが、過誤に基づきまたは軽率にされたものであり、かつ、それが取得者等の年齢その他により確認できるときや、②自己の有していた不動産、自動車等の財産の名義を他人名義に変更、登録等をしたことが、過誤に基づきまたは軽率に行われた場合。
なお、1と5の何れも、これらの財産に係る贈与税の申告等の日前に、その財産の名義を取得者等の名義としたときに限り、贈与がなかったものとして取り扱うとしています。
これらの取り扱いの前提には、通常、財産の名義人とされている者が真実の所有者である(=名義と実質が一致している)という経験則が存するという考え方があり、そこに、無償による財産の名義変更や他人名義による財産の取得があった(=名義と実質が一致していない)場合は、このズレが一致するものとして贈与があったことの推認が働くことを原則としています。
確かに、この原則がなければ、親族間で生前に贈与された財産に対する贈与税は課税されず、また、名義が異なることから、相続税も課税されないという不公平が生まれることを考えると相当な取り扱いではありますが、一方で、このような財産の取得等の全てが贈与であるとは限りません。取り扱いはこの点を考慮して、当事者において【贈与がない旨の特別の反証がある(=贈与があったことの推認の前提となる経験則の適用を妨げるための反証がされていると表現します)とき】には、例外として贈与がなかったものとして取り扱うこととしてます。
さて、前述の裁決では【反証の成否】を十分に検討し、名義人を父とする選択肢があったにも拘らず敢えて子の名義を使用した経緯や、購入した車両を名義人である子が利用することはほとんどなかったこと、取得資金の出捐者は父であり、子は車両の選定や購入手続き等に関与していないなどの事情は、贈与がない旨の【特別の反証】であり、子が車両の贈与を受けたとは認められないと判断しました。納税者側の主張が認められています。
実は、この事案では、結果的に車両の名義を父の名義としていませんし、厳密にいえば、前述の過誤や軽率、年齢の要件も満たしていないようですが、これらの規定が通達という位置づけであることから、反証の程度については、名義変更個別通達に規定される文言通りの要件に限定されるものではないとも言及しています。
結局、この取り扱いの当てはめには、個々の事情を踏まえた納税者側からの反証(=意思表示ともいえます)がカギとなりますが、裁決のなかで【父が子に車両を贈与する動機も必要性もなかった】事情や、父の行動そのものは【正に所有者らしい振る舞いであると評価できる】などと表現しているように、贈与税の課税の場面においては、やはり、民法第549条でいうところの、財産を【お前にやるよ】に対する【有難う】という関係は揺るぎません。
ところで、今回は親子間における車両の名義が問題でしたが、このほかにも、財産が土地や家屋、株式である場合もあれば、当事者が夫婦間である場合も考えられます。様々なケースが想定されるなか、外見上の名義を他人にすること自体はそれほど難しくないのですが、反証のできないものに対する贈与税の課税を回避することは簡単ではないでしょう。
<参考>相続税法基本通達9-9、相続税個別通達(昭和39・5・23直審(資)22ほか名義変更個別通達)1、5、平成27年9月1日公表裁決
書面によらない贈与【贈与税】
・・・そもそも父の指示は絶対であり、その指示には逆らうことができず、父が金地金をはじめ色々な財産を簡単に【あげる】と言ったり、既にあげたものを突然に【返せ】と言うなど、何事にも思いのまま無理、無茶なことを言う人物であったことからすると・・・これは、父から子にされた金地金の贈与時期が争われた【京都地裁平成27年10月30日判決(一部認容)(確定)〔※1〕】の一文です。
そこで、贈与となると贈与税は【課税されるのか】または【いくらになるのか】が大きな関心事と言えますが、この点【贈与税の納税義務の成立時期】については、国税通則法で、
[贈与された時]ではなく、
[贈与~による財産の取得の時]と規定しています。
そして、そもそも【贈与】については、民法第549条に続いて、民法第550条で次のとおり規定されています。
【民法第550条(書面によらない贈与の撤回):書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない】
前述の訴訟の争点は、父から【書面によらない贈与】により取得した金地金の全部を、子は平成18年に他に売却したのですが、その【贈与時期を巡り、納税者側である子は平成6年、平成12年、平成16年の各年であると主張し、課税庁側は全部が平成18年であると主張】しました。この点、訴訟の発端である【平成25年10月7日公表裁決】では、課税庁側の主張が全面的に認められて、贈与は平成18年であるとしています。
その国税不服審判所の判断を要約すると【仮に、子がその主張する時期に本件金地金を父から受け取っていたとしても、父の人物像からすれば、いつでも返還を求められる可能性があり~本件金地金を、自己の財産として現実に支配管理し自由に処分できる状態に至ったものとはいえず、贈与があったとしてもその履行があったものとまではいえない=まだ贈与により取得していない】→【本件金地金を他に売却することで、もはや父の意向のみでは返還を求めることはできなくなり、子は売却した時に、本件金地金を、自己の財産として現実に支配管理し自由に処分できる状態に至った=贈与により取得した】としています。
一方の京都地裁平成27年判決では、主張立証責任の分担の観点から、課税庁側が【平成18年分の贈与として全部を立証しきれなかった】ことが判決の分かれ目となり、納税者側の主張の一部(ある意味、大部分と言えるかもしれません)が認められ、平成6年と平成12年にそれぞれ履行は完了していることから、これらの各年を贈与による取得の時期(残りは平成18年)と判断しています。
結果的に、平成25年裁決で認められた判断は覆りましたが、課税庁側は【父の人物像を背景に、自己の財産として現実に支配管理し自由に処分できる状態に至った時】に拘って、取得の時期は【外形的かつ客観的に明らかな事実に基づいて判断すべき】と当初から主張してきました。
この点、贈与の場合の【財産取得の時期】については、相続税基本通達において、
書面によるものについては[その契約の効力の発生した時]とし、
書面によらないものについては[その履行の時]と規定しています。
確かに、親族間でされる書面によらない贈与では【履行】の曖昧さは否定できないところ、履行の完了に加えて【外形的、客観的、明らかな事実】で取得時期を判断しようとすると、少し乱暴な言い方になりますが【課税庁側の都合で、実際の贈与時期より明らかに遅い時期を贈与の時期と認定される恐れ】が生じます。
この【外形的、客観的、明らかな事実】という要件は、そもそも【贈与が成立しているか、いないかを判断する場合】に考慮されるもので、履行が完了して、民法第549条の【贈与が成立している状況での取得時期の判断】には必要ないのです。
何れにしても【書面によらない贈与は履行の完了前であれば撤回が可能】ということは、注意しなければなりません。履行が完了することで、贈与の目的とされた財産が確定的に移転し、受贈者は現実に担税力を取得するに至ったと評価できることから、贈与税の納税義務の成立時期を【口約束の状態】ではなく、財産の【取得の時】としているのです。
この点【書面によらない贈与の不確定な部分】を解決して【贈与の確実性】を担保するためには、贈与契約書を作成することや、書面によらない贈与についての履行があったことを確認する書類として【贈与確認書】を作成するなどの、手続き面での補完は必要です。また、贈与税の納税義務の成立時期の【早い、遅い】は重要な論点であり、今回の判決のとおり、課税庁側の主張が常に適正とは限りません。そうなると、他の税目にも共通することですが【課税の便宜のための判断に任せる】ことのないように、前述の書類の整備を含め【主張できるように準備】をしておくことは大切です。
さて、税金の場面においては【様々な父親像】が登場するため、色々とリンクさせながら判決文を読んだのですが、なるほど、ストーリー性のあるものでした。個人的には、贈与される側になることはないと思われるところ、将来、もし贈与する側になったときには【適正な贈与】に向けて行動することはできそうですが、そんなことよりも【どんな父親】になっているのか・・・気になります。
<参考>国税通則法第15条第2項第5号、相続税法基本通達1の3・1の4共-8(2)、税務訴訟資料第265号-167(順号12750)〔※1〕、平成25年10月7日公表裁決