コラム[cf.]
なかなか消えない開業費【所得税】
貸借対照表の資産の部に計上された開業費は、償却という方法で経費にします。
建物や車両運搬具などを費用化する際の【減価償却費】と同じ考え方で、多額の一時的な支出を何年かにわたって経費勘定に振り替えていく作業となります。このうち、開業費は繰延資産の償却となり、勘定科目も本来は【繰延資産償却】となるのですが、個人の場合は、申告書に添付する決算書のうえでは減価償却費に含めて計算するため、この点からも同じ考え方と言えます。違いと言えば、減価償却は【強制償却】という点でしょうか・・・。
さて、開業費の償却については、所得税法で【償却期間】が設定されています。これは、減価償却の【耐用年数】に相当しますが、原則5年(=60ヶ月)で均等償却となります。また、原則に対する例外として【任意償却】という方法もあります。
例えば、300万円の開業費を償却しようとする場合、次の方法による償却が考えられます。
①原則・・・1ヶ月当たり5万円(=1年当たり60万円)を償却費として計上。結果、開業年が1年未満であれば、足掛け6年で全額を均等に償却します
②任意償却・・・全額を償却するまでに5年(=60ヶ月)以上掛かっても構いませんし、1年当たりの償却額にも限度がありません。結果、自由に償却時期と償却額を選択できるため、開業年に300万円全額を償却費として計上することや、利益が突出した年に償却することで節税を図るということも可能です。何れにしても、開業費は好きな時に経費にできるという特徴があります。
そこで、以前のコラム(開業前に色々と準備しました【2017.07.07所得税】と、多くなりすぎた開業費【2017.07.14所得税】)では【開業費の範囲】について記述しましたが、今回はその最終回で【節税に繋がるカラクリ】について考えたいと思います。その前に、このカラクリに必要な要素をもう2つ確認して下さい。
1つ目は、純損失の繰越控除です。これは事業所得の金額の計算上生じた【赤字を3年間繰り越すことができる】規定で、仮に、平成29年が▲200万円、平成30年は300万円の黒字の場合、平成30年は平成29年の赤字を控除した後の100万円で税金を計算することができるというものです。当然、3年以内となる平成32年までの黒字から控除できるわけですが、反面【3年を過ぎると控除できなくなる】点は注意が必要です。
2つ目は、業績の【設定】です。一般的に、開業年は赤字になり安定した経営には数年を要すると言われることや、対して、積極的に黒字化を実現していくつもりであることなど【どのように業績を設定するか】もカラクリの要素と言えます。そして、これらの要素をまとめると、
【開業年は純粋に赤字だからこれ以上経費がなくてもいい】+【開業後数年間は多くの黒字は期待できない】+【赤字を3年以内に控除しきれなかったら勿体ない】+【開業費は任意償却ができる】=だから【開業費で資産計上しておけば将来の黒字の時に経費にできるから便利】というような発想になるのかもしれません。
また、発信する側も、多分【開業費は任意償却をすれば好きな時に経費にできるので節税対策になりますよ】と表現したいところが【開業費で節税できる】という表現に置き換わったんだと思われます。なるほど、この方が【ミラクルな方法】にも【お得な方法】にも、そして何より【分かり易い表現】に感じられます。
開業費が【節税に繋がるカラクリ】はこんなところです・・・。それでも、開業や設立支援と節税を【提案する立場】としては、改めて【開業費勘定で処理すれば節税できると勘違いしないようにご注意下さい】と、発信します。
ところで、開業費の処理については、個人事業主だけではなく、法人であっても同様の場面が想定されます。この点、法人であれば【法人税法】とは別に【中小会計要領】や【中小指針】が求めるところの【費用処理の取扱い】を無視することはできません。
こちらは【適正な会計処理】からの視点であり、節税というよりは、所謂【開業費勘定の資産価値】に着目していますが、確かに、
業績と相談しながら償却して[如何に節税に繋げるかを調整できる]税法ベースの考え方と、
支出の効果が期待されなくなった時までには[費用処理を求める]会計ベースの考え方では、
貸借対照表に計上されている[開業費勘定の捉え方]は大きく異なります。
個人と法人の違いはあっても【何時かの節税のために温存していたはずの開業費】が【何時になっても消せない開業費】になっていないかの検証は忘れずに【適正な会計処理】を・・・。
<参考>所得税法第50条、所得税法施行令第137条、所得税法第70条第1項、第4項、第5項、所得税法施行令第201条